TRTは、Tinnitus Retraining Therapyの略で、日本語では、耳鳴り順応療法というように訳されています。これは、耳鳴が起こっている原因を治療するというようなものではなく、耳鳴は、そのままで置いておき、その耳鳴を意識に上らせないようにするという治療です。
私たちは、耳から入ってくる音を、常に全て意識しているわけではありません。たとえば、部屋でテレビに見入っているときなど、エアコンの音、部屋の外からの車の通りすぎる音、などは聞こえているはずなのに、通常、意識しません。脳が、無意識のうちに、自分にとって必要な音だけを選別して意識に上らせ、他の音はカットしているのです。耳鳴は、本来、必要な音ではないので、エアコンの音のように脳がカットして意識に上らないようにしてくれればよいわけです。意識に上らせるかどうかという選別は、無意識のうちに行われているのですが、この仕組みを修正して、耳鳴を意識に上らせないようするというのが、TRTという治療です。
TRTでは、薬は使いません。通常、サウンドジェネレーターという補聴器に似た器械(前ページ 図3)を使用します。サウンドジェネレーターからは、静かな雑音が出るようになっていて、普段の生活のなかで、この器械をつけて、雑音を聞き続けます。
ただし、サウンドジェネレーターで雑音を聞き続ければ、いつか耳鳴を意識しないようになる、というものではありません。サウンドジェネレーターという器械は、あくまで補助的なものであり、TRTでは、まず最初に、@私たちが音を聴く際の脳の仕組み、A耳鳴が苦痛になる仕組み、B耳鳴を苦痛と感じなくなるための方法、といったことを十分に理解することが重要です。
次いで、耳鳴がしているのに、特にストレスを感じないという状態をすこしずつ体験していくようにします。
この体験を繰り返すことで、最終的には、常に、耳鳴を意識しない、また、耳鳴があってもそれをストレスに感じない状態を習慣づけてしまうということです。
心理療法のなかに認知行動療法という治療方法がありますが、TRTはこの認知行動療法と非常に近い治療です。
TRTは、耳鳴の治療の一環として行われます。耳鳴がすべてTRTの対象となるわけではありません。まず、通常の診察や検査を行い、TRTの適応と判断された場合に、TRTへと進みます。
TRTは、Jastreboffという人によって始められた治療で、1.カウンセリング と、2.音治療 の二つから成り立っています。TRTでのカウンセリングは、“Jastreboffによる耳鳴に関する理論”をわかりやすく説明し、よく理解していただくことを目的としたもので、通常の精神疾患などに行われるカウンセリングとは少し異なり、むしろオリエンテーションに近いものです。そして、この理論に基づいて、耳鳴を軽減させていくための補助的な道具として、サウンドジェネレーターを使います。
さて、TRTの初回の治療では、約30分かけて、“Jastreboffによる耳鳴に関する理論”を理解していただくためのオリエンテーションが行われます。
これには、@耳鳴の起こり方、A脳が音を感じる仕組み、B耳鳴が苦痛となる悪循環の仕組み、BTRTによる耳鳴治療の原理、という内容が含まれます。
次いで、サウンドジェネレーターの使い方についての説明が行われます。
ただし、前述のように、サウンドジェネレーターという器械は、あくまで補助的なものであり、TRTでは、“Jastreboffによる耳鳴に関する理論”を、よく理解していただくことが前提となります。
その後は、大体、2週間ごとに受診していただき、毎回、耳鳴についての簡単なテストに続いて、サウンドジェネレーターの使用感をお尋ねし、また、ここで、必要に応じて、再度、“Jastreboffによる耳鳴に関する理論”のご説明などを行わせていただきます。TRTは、耳鳴を意識しないように習慣づける治療なので、1〜2週間でただちに効果がでるようなものではありません。半年〜1年、場合によっては、それ以上の期間、継続して徐々に効果が出てくる治療です。
当院では、TRTで使われるサウンドジェネレーターや補聴器等の調整については、外部の専門業者と連携して行っています。いずれの場合も、購入される前に、数週間かけて機器がうまく使えるかどうか、また、効果が期待できるかどうかを検討するようにしています。機器を購入される場合も、一般の補聴器店等に比べなるべく安価なサウンドジェネレーターや補聴器を購入していただくようにしています。